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2016年8月29日 (月)

大衆文化批判知識人の自家撞着

最近、大阪芸術大学芸術学部哲学教授、純丘曜彰教授博士の「バカの貧困」ネタを書いているけど、それとコラボできる記事を見つけた。例によって産経新聞の曽野綾子ネタですが。

昨日(北海道は今朝届いた)の産経新聞(2016年8月28日 日)の曽野綾子さんのコラムでこうあった。今月起こった東京サマーランドでの切りつけ事件を引き合いに出していて、要約すると

もちろん犯人は悪いが、あれだけ混雑していると何者がいるか分からないからそういった場所に行かない決断も必要。軽々と周りと同じことをすれば軽々と周囲に流される人間となり、社会の暴走にもつながる、といった内容。

これで大体間違いないだろう。

「たまには意見が合うんだな」と一瞬思ったけどすぐに消えた。記事にこうある。
「ポケモンGOに溺れたりする癖も、子供の時に厳しく直させねばならない。」と書いてあるから結局これが言いたかったんだな。

仮にTVゲームの類が完全に廃れたとしてどうなる?他の何かが流行るだけだ。
流行り物を絶えず追い求めてないと人の輪の中に入れない。「人と人との繋がり」とか「友達を作る努力」といった強迫観念のもとトレンディドラマやJ-POP等売れてる音楽を聴く。これは我々世代やそれより少し上の世代なら経験していること。俺はこれをやらなかったし今もやらないから友達がいないんだけどな。

現実問題として「人と人との繋がり」「友達を作る努力」といった強迫観念に囚われて軽々と周囲に流される者のなんと多いことか!

例の純丘曜彰教授博士が「バカの貧困」で言いたいこともそれなのかも知れないけど、理由にならないし一切関係ない。

貧乏人がアイドルにハマると言うけど、じゃそれがアイドルじゃなかったらどうだというんだ?
オリコンチャートTOP10にアイドルがいなかったらどうだというんだ?アイドルじゃなかったら追い求めてもいいのか?

「バカの貧困」の追記に「中毒のように限りなく他人のことばかりを追っかけているから、自分がどんどん貧しくなる。」とあるけど、そもそもオタクに向かって「流行の音楽を聴いたりトレンディドラマを見たりして友達を作る努力をしろ」と言ってきたのはオタク批判論者ではなかったのか?それを拒否したら「自分の殻に籠るな。現実を見ろ」と言ってきたのもオタク批判論者ではなかったのか?そして「現実を見て」周囲に合わせたら今度は「他人ばっかり追いかけるな」か?

オタクに向かって友達を作るために他人を追いかけろ、周りに合わせる努力をしろと言っておきながら、周囲に流されるな、他人を追いかけるなとはどういうことか?

これが「大衆文化批判知識人の自家撞着」ですよ。

ちなみに「自家撞着」は「じかどうちゃく」と読む。
同じ人の言動や文章などが前後で矛盾していること。自分で自分の言行に反することをすること。
GOO辞書から。ググッた方が確実ですけどね。

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