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2016年7月31日 (日)

「人生に文学を」とかほざく病原菌~賛同企業の偉業を晒す

まだまだ続けるよ。「人生に文学を」プロジェクトとかいう明らかなアニメ文化に対する敵対行為には徹底抗戦すべきだし、またそうしないとずっとナメられ続けなければならない。

なのでまた同じ画像を載せる。この先何度でも載せる。「人生に文学を 新聞広告」でググったら割と上の方に出てきた。「人生に文学を 賛同企業」「人生に文学を」プロジェクトとか「人生に文学を」キャンペーン等のワードでググったらこれが出てくるようにしたい。

Bungakukorose
これを初投稿してから何日も経つけど未だに何の問題にもならない。日本文学振興会とかいう病原菌ども、法廷で俺の問いに答えるのが恐いんだなwwwww

この「人生に文学を」プロジェクトに賛同している企業を調べてほしい。中日新聞社の名もある。なので東京中日新聞に掲載された文学者のコラムを掲載する。

と言っても前に掲載したことのあるものだ。
2013年11月23日(土)「ポール・マッカートニー追放運動をしなかったオタク批判論者は醜悪」
から。そもそもオタク文化以前はエレキギターやビートルズが犯罪の原因とか低俗文化とか言われていたんだよね。
同じネタの使いまわしという形になるけど、アニメを罵っていい気になっている勘違い文学者のレベルはこの程度だと徹底的に拡散するべき。

これがそのコラム。


北杜夫 - ビートルズの観客席

 七時半、ビートルズが登場するまで、会場はあまりわき立たなかった。なにか舞台と客席がしっくりこない。おびただしい警官の数と、ひんぴんと繰り返される主催者側の注意が、ファンたちを必要以上に金しばりにしたのかもしれない。
 しかし、写真によっておなじみのビートルズの姿が現れるや、悲鳴に似た絶叫が館内を満たした。それは鼓膜をつんざくばかりの鋭い騒音で、私はいかなる精神病院の中でも、このような声を聞いたことがない。
 口笛を吹く。「リンゴ!」とどなる。ハンカチを持った手をふりまわす。たしかにビートルズの音楽には、原始的な衝動をひき起こす何ものかがある。しかし肝心の歌声は、喚声によってほとんど聞きとれない。明らかに音楽そのものが目的ではなく、生きているビートルズそれ自体が目当てなのだ。彼らのちょっとしたしぐさ、たとえば手をふるなどの動作に、ファンたちは熱狂する。
 愉快そうに身をゆすっている青年、これは、この種の音楽を聞く態度であろう。しかし、私のわきにいた二人の少女の表情は、きわめて特徴的であった。熱狂とはほど遠い痴呆化した表情で、彼女は舞台をみつめている。それが、やにわに両手をふりあげ「キー」と叫ぶ。それから、ふたたびぐったりと痴呆の表情となる。
 過去、人間たちはさまざまな熱狂を示したが、その激しいものは必ず集団のそれである。人間は、おのれ一人の身の不安、自信のなさを無自覚のうちにも感じとっているのだろう。その不安は、ひとたび集団の熱狂の中に自分を投げ入れることによって解決される。みじめな個人から解放され、もっと大きな陶酔の中に羽ばたく錯覚が得られる。
 ビートルズのファンにもさまざまな段階があろうが、その一部は、あきらかに集団ヒステリーのそれである。彼らは、一人でビートルズのレコードを聞いて、あのように絶叫するであろうか。
 試みに生身のビートルズの演奏を、観客席に自分一人だけで聞いたとしたら、いかなる反応を示すだろうか。かたわらには身をよじる仲間もいなければ、叫びつづける仲間もいない。ファンたちは、こんな立場を最高の夢と思うかもしれないが、いざそれが実現したら、うそ寒い気持ちに襲われるにちがいない。
 ビートルズのファンの大半は、仲間を、自分とまぜこぜになって熱狂する集団を必要とする。すなわち、彼、あるいは彼女自身の弱さのゆえだ。独立するだけの力を持たぬからだ。
 ビートルズの演奏は、三十分で終った。客の大半が外へ去ってからも、席を立とうとせず、ハンカチを顔におしあてて泣いている女性がかなり目についた。
 会場を出ると、一人の泣きくずれる少女を、他の三人の少女が肩を貸して歩かせていた。カメラマンがそこを写した。少女らはすごい見幕でそれを追い、「そのカメラ返して!」と絶叫した。
 ファンたちよ、いくらでもビートルズを愛するがよい。しかし、会場を出て、私は、なにかむなしい感じにつきまとわれてたまらなかったのである。

「東京中日新聞」 一九六六年七月一日


文学で想像力が育まれ、文学で思考力が鍛えられ、文学で人生が豊かになると、こういうマヌケなことを言うようになるんですねwwwwwwwwww

そして、これは正しかったんですか?
「人生に文学を」プロジェクトに賛同している人たちは今も同じことが言えるんですか?
何とか言って下さいよ。Sony Musicさん。

答えられないだろ。だから「一人残らず惨殺しろ」と言ったのよwwwwwwwwww

「想像しなければ、目に見えるものしか知りようがない。」だって?
人生に文学があっても、目に見えるものしか知ることができないからこういうことを平気で言うんでしょ。

文学で人生を知ることができる者はマンガやアニメでも人生を知ることができる。
「文学を知らなければ、どうやって人生を想像するのだ(アニメか?)」などとほざく者は何百何千と文学作品を読んでも人生を知ることはできない。本に書いてあること以外は何も知らないバカができあがるだけ。

このコラムが、その証明になる。


「画像といい記事といいネタの再利用はやめろ」と言う人もいると思うけど、あわてないでwww
ちゃんと考えてますよ。

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