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2015年2月21日 (土)

「昔の人は貧しい人々にも教育を施した」とか言う奴wwwwwwwwww

ここ最近、「読書をしない者はけだものと同じ」などとほざく保守系知識人ネタを書いている。
ネタにしているのが藤原正彦と曽野綾子。前回と3回前の記事を読んでもらえれば一発で分かる。

「読書をしない者はけだものと同じ」だって?じゃ貧しくて学校に通えなかったはけだものなんだな?軍隊の営内班生活で読書をしていたら「たるんどる!!!」と怒鳴りつけて殴った古兵ドノもけだものなんだな?
「親への考が最も大事である」と言いながら、その片方で「読み書きなんか覚えるヒマがあったら家の仕事をしろ!この穀潰しが!!」と子供を叱りつける親がいればそれをけだものと言う。戦前の貧しい農家ではそういう親が本当にいた。
先人の名誉を汚していると言う点では植村隆と同じだろ。これも何度も書いてきた。

そしたらこう言うヤツが出てくるだろうな。「それは自虐史観だ。貧しい人々にも教育を施そうとした人々はたくさんいた」と。
そうかも知れない。けどそれはどの程度の気持ちで取り組んでいたのか?

さっき書いた昔の貧しい農家の場合、子供は単なる家族の一員ではなく貴重な労働力だった。今回のテーマを考える上で重要なポイントであり絶対的事実。だから養えなくなったら奉公に出すなどの「人員整理」もした。
そして彼らは別に読み書きができなくても自分の仕事をこなしていた。ここも重要なポイントであり絶対的事実。

ここで考えてほしい。貧しい農家にとって子供を学校に通わせるということは、仕事で使わないことを習うために貴重な労働力が欠けるということ。それを進んでさせる者が一体どれだけいたのだろうか?
「貧しい人々にも教育を施そうとした人々はたくさんいた」と言うけどそれは単なる富裕層の自己満足ではないのか?言葉を変えれば金持ちのオナニー。

現代に置き換えて考えれば分かる。仕事で使わないことを習うために休暇をくれる会社があるかどうか。
新入社員、あるいは入社2~3年の若手社員が上司か経営者にこう申し出たとする。


新人「あの、習いたいことがあるので休暇をください」

上司「それは仕事で使うことなのか?」

新人「いえ、今は使うことはまずないですが5年後か10年後使うかも知れないので習っておきたいんです」


これを認める会社があるのか?あるとしてもどれだけあるのか?

これは極端な例だとしても、「習いたいことがあるので残業はできません」と言って素直に認めてくれる会社がどれだけあるのか?大抵は「甘ったれるな」で終わり。
これらを認めてくれたとしても、陰で「だからゆとりは」とか「今時のモンはサボることしか考えてない」とかネチネチと悪口を言う。そうでしょ?

昔の「家の仕事を休ませて学校に通わせる」というのはこれと同じこと。「読み書きなんか覚えるヒマがあったら家の仕事をしろ!この穀潰しが!!」というのはこれと同じこと。
いくら教育を施そうとしても根本的な貧困、格差が解決しない限り何の意味もない。そこを無視して小手先だけの善意で貧しい人々にも教育を施そうとしたとて何の意味がある?

その仕事だけで精一杯だった人々に向かってけだものだの動物だのと罵声を浴びせたのが保守系知識人、藤原正彦や曽野綾子といった連中。こんな連中が「子供たちにどうやって本を読ませるようにするか」なんて言ってるんだから、そりゃ読書離れも進むわwwwwwこんな連中が読書の大切さを説いたら、本なんか読みたくなくなるってwwwww

「子供の読書離れはケータイ(スマホ)やゲームのせい」とか言う意見はこれで完全論破できる。

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