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2015年2月 7日 (土)

家族から聞いた危険地帯での仕事のはなし

あのシリア日本人人質殺害事件からまもなく1週間が経とうとしている。

その間、2日には北海道厚岸町内の国有林で作業中の男性がヒグマに顔などを引っかかれ重傷を負うという事件が起きた。
その前の1月26日には林業に従事していた作業員がヒグマに襲われ死亡。

これらの事件、一見関係ないように見えるけど「誰かが危険地帯に赴き仕事をしなければならない」という点では同じと思う。後藤健二氏は外務省から再三渡航中止を要請されてはいたが、記者クラブなんかのしがらみに縛られた大手メディアができないことをフリージャーナリストがやらないと戦場の真実を伝える者がいなくなってしまう。「本人がいくら自己責任と言っても何かあれば国や行政その他に大きな迷惑をかけるから行くな」では危険地帯で仕事をする者がいなくなる。以前も書いた。


うちのジジババもヒグマの生息地、鳥崎林道の奥で半年以上寝泊まりしながら仕事をしていたことは何度も書いてきた。
宿営地から仕事場へ向かう途中、30~50mぐらい離れたところをクマが歩いていたこともあったらしい。バーチャンは「見ないで黙って通り過ぎれば何もしない」と言ってたが、それは山暮らしに慣れた人だからできたことであって、俺らにはムリ。て言うか確実に死ぬ。クマが山ぶどうを食べているのも見たと言ってたな。
そのジジババが1度危機を迎えたことがある。それ以前は知らん。

確か小6か中1の6月頃だったと思うが、ジジババがいつもより1ヶ月以上も早く帰ってきたので不思議に思って聞いてみたら、「クマでたの」と言った。
後で色々聞いてみたら、宿営地の近くにクマが出て、急いで手で運べるだけの荷物をまとめて山を下りたのだそう。

鳥崎林道がある森町の現地残留組と連絡を取っていたが、そのクマは宿営地の小屋の周りをウロついていたらしい。そんな状態が2週間ぐらい続いたか。「いなくなった」の連絡を受けてジジババはまた山に出掛けて行った。

その時は別に何とも思わなかったけど、今考えると怖い。
判断を誤れば福岡大ワンダーフォーゲル部みたいになっていただろうし、被害が出たなら行政その他に迷惑をかけることになる。だがそれを25年以上も続けてきたということは多くの人々に必要とされたから。


親父からよく聞いた話も書くか。
親父の会社の人がベトナム戦争時代に南ベトナムに出張に行って戦火に巻き込まれ、田んぼの中を歩いて逃げていたら北ベトナム軍の将校に助けられて帰国できたそうだ。
今だったら祭りか炎上モノだが、これも誰かが行って誰かがやらなければいけない仕事。

その会社の現社長は、親父のマブダチだということを書いておく。

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